ピリ・レイスの世界地図500周年

古地図って現代の地図と比べて味があっていいですよね。

 

先日イスタンブールのベイオール地図展に偶然立ち寄ったのですが、アンカラでは絶対味わえない古地図展、夫と一緒に楽しみました♪

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古地図と言えば、今年はピリ・レイスがあの有名な世界地図を描いてから丁度500年の記念の年なのだそうです(UNESCOのCelebration of anniversaries in 2013ご参照)。そのうちイスタンブールでイベントがありそうですね。

 

Piri Reis(ピリ提督)

1465年 チャナッカレ海峡のゲリボル半島(ガリポリ半島)に生まれる。

叔父のKemar Reisはオスマン帝国提督。

1481年 16歳の時に乗務事務員として叔父Kemarの軍艦で航海を始め、航海の虜となり、その後15年間、叔

父と一緒に航海を続けながら地中海の島々を調査し、地図を描き、そこに住む人々の生活様式等を記録する。

1495年 オスマン帝国海軍に従事しはじめる。レパントの海戦をはじめ様々な海戦を経験する。

1511年 叔父を海上事故で亡し、ゲリボル半島に戻り、約2年間海を離れる。

1513年 これまでの記録や航海士の描いた地図等あらゆる情報を収集し、かの有名な世界地図を描く。その後、

航海の世界に舞い戻る。

1516年 オスマン帝国艦隊の提督となる。

1526年   地中海諸国を詳しく調査したKitab-ı Bahriyeをスルタンスレイマンに献上。

1536年  オスマン帝国の大宰相イブラヒム・パシャの防衛を担っていたが、イブラヒムパシャが陰謀により処刑され

るとともに、ピリレイスも死刑判決を受けたが、バルバロス・ハイレッティンに救われる。これが元で1546年

まで海を離れる。

1546年 オスマン帝国艦隊司令官としてエジプトに派遣されスエズ運河周辺を管轄(左遷ととらえられる説もある)。

1553年 戦線放棄の罪に問われカイロにて処刑される。

 

※参考Atlas Tarih 17号。

 

こちらがかの有名な世界地図。ちょうどエジプトのカイロ上空からみたときの航空地図と合致するのだそうです。

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こちらからの画像はスルタンスレイマンに献上されたKitab-ı Bahriye (Book of Navigation)から抜粋ですが、可愛くて可愛くて、いつかレプリカが一枚欲しいな〜と思っています。

 

サルデーニャ島。

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マルセイユ

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アンコーナ

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このKitab-ı Bahriyeは、現在はトプカプ宮殿に保管されています。こちらの中身を全部デジタル版で見る事の出来るサイトをみつけましたので是非ご覧下さい!!

アメリカメリーランド州にあるWalters art museum のサイトです。

http://art.thewalters.org/detail/19195/book-on-navigation/

 

ところでピリ・レイスって教科書で習いましたでしょうか?私は全く記憶になく、30歳超えて知った偉人です。

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